【猛吹雪】イエローナイフでオーロラに涙したら、見知らぬ土地で家族ばらばらになった話(中編)

カナダ
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吹雪で帰りのセスナが飛ばない

 昨夜は生まれて初めて見るオーロラに興奮が止まなかった。私は観光地を訪れた際など、観てみたかったものをいざ目の前にすると案外こんなものかとがっかりしてしまうことも少なくない。しかしオーロラに関してはそのスケール感が想像していたものと比べ物にならないくらい壮大だった。その映像はそこからこの文章を書いている今まで強く瞼の裏に焼き付いている。

 さてカナダ最終日、日本に帰る予定の日は飛行機の都合で朝5時起き。午前6時には僕だけでなくこのツアーの参加者はみなホテルのロビーに集まらなければならなかった。これまでの経験上、時差が大きい国へ行く際の飛行機はなぜか早朝か深夜に空港に行かないといけないことが多い気がする。なぜだろうか考えながら、その日もさすがに目がしゅぱしゅぱしていた。眠い目をこすりながらホテルに忘れ物をしないようパッキングし、少し余裕をもって1階に向かうとそこにはもうすでに数人の参加者とこのツアーでお世話になったガイドの方がいた。僕たち3人はおはようございますとそのガイドさんに声をかけたら、「いいお知らせと悪いお知らせがあるんですけどどっちから聞きたいですか?」と最終日に海外さながらのセリフが返ってきた。その日の窓の外は大雪が降っている。当然このガイドさんも僕たちより早起きしてこの大雪の中仕事に来てくれたのだろう。そんなガイドさんの朝からのハイテンションにプロとしての敬意を感じながら「いいお知らせは?」と尋ねたら、「もう何日かイエローナイフを楽しめるかもよ!」と見たこともないくらい満面の笑みで言われた。僕たち家族3人はすべてを悟り、そのガイドさんの笑顔に釣られたのか引きつった笑顔を返してしまった。

 話を詳しく聞くと、もしかしたら帰りの飛行機が大雪で飛ばないかもしれないとのことだったが、空港に行ってみないとはっきりしたことはわからないらしい。どのみち今から空港に向かわないと、もしも天候が良くなった場合にも飛行機に乗り遅れてしまう。なので僕たちはほぼ確実に乗って帰れない飛行機を見るために早朝にたたき起こされて空港に向かうらしい。新年早々何という修行。今の時代に事前に飛行機の運行状況がネットに出ないことなんかあります?逆にぎりぎりまで飛ばすのか飛ばさないのかを悩んでくれていると考えることにした。

 とりあえずガイドさんに急かされて僕たちを含めた日本から来た数グループはホテルの外に停められた高校野球部が遠征で乗るくらいの大きさのバスに乗り込んだ。市街地の朝(大雪)を颯爽と走るそのバスは市内のいろいろなホテルをめぐっていく。このツアーは僕たちが泊まっていたホテル以外にも値段に合わせた様々なホテルが用意されており、僕たち一家が泊ったのはその中でも最もリーズナブルな部屋だった。でもここまで連れてきてもらった上にあそこまできれいなオーロラを見せて頂いた手前、もちろん何の不満もない。どれだけいいホテルに滞在しようが観れるオーロラの大きさは全く一緒なのがまた良い。各ホテルを回るバスはほぼ一杯になろうかくらいの人を乗せて郊外の空港に向かう。

 一週間しか滞在していない小さな町でも思い出はたくさんある。人生の中でたった一週間しか滞在しなかったのに、いつまでもその場所のことを考えてしまうことがたまにあるだろう。イエローナイフでの思い出はほぼ凍てつく寒さのことだが、深呼吸をして凍った肺や、普通に呼吸をしているのに凍った鼻毛のことは一生忘れないだろう。

 バスの中でガイドさんがスマホで何かを見てこうアナウンスした。

 「聞いてください。皆さんが乗るはずの飛行機の機材がそもそも前の空港から飛び立てていないみたいです。確実に予定通りには帰れません。」

 きたきた。これぞ海外旅行の醍醐味だろう。思いがけない出来事の先には通常じゃ味わえない感動や思い出が待っているのが旅というものだ。ちなみにこのどれだけ悪いことでもラッキーだと思えるようになったのは水野敬也著の「夢をかなえるゾウ」のおかげである。おすすめなのでぜひ一読していただきたい。というか、僕たちはこれから空港に何のために行くんだ。乗れない飛行機を眺めることすらできないことが決まった今、少し早めにお土産を物色するしかないんじゃないか。

飛行機の座席って奪い合いなの?

  

ガイドさんの話の続きによると僕たち一向はこのまま空港へ行き、航空会社のカウンターで振替の便を予約しないといけないらしい。航空会社スタッフと僕たちの間に通訳としてガイドさんが入ってくれ、確実に帰りの飛行機は手配してくれるらしい。だから落ち着いてカウンターに行ってほしいと言われた。何しろイエローナイフでは大雪で飛行機が飛ばないことが2週間に一回のペースで起こるらしく、今回は気の毒だが任せてほしいとのことだ。なんと頼もしい。海外旅行の際に感じるこの現地スタッフの頼もしくてキラキラした感じは何なのだ。その土地のおいしいものや楽しみ方を熟知していて、この緊急事態にもみんなを守ろうとしてくれている。IT方向で就活全部だめだったら現地ガイドさんになろうかな。

 空港に到着した。その日の朝の飛行機はもちろん全便欠航だったので空港カウンター周辺は人でごった返していた。しかし我々にはガイドさんがついている。帰りの飛行機をすぐに手配してくれる。同じバスに乗っていた周りの旅行客はおそらく海外旅行のトラブルを楽しめていない。我先にと空港カウンターに向かっていったが、さすがは僕の家族だ。心のゆとりが違うといわんばかりに、この状況を冗談交じりに話しながらゆっくりカウンターへ向かった。この先大切になるので一応整理しておくと、我々ツアー客はカナダの航空会社のカウンターに一列に並んでいる。なお、僕たち家族は列の後方寄りにポジション取りした。ガイドさんは確実に全員を日本に帰すから安心してほしいという男気をたっぷり感じるセリフを口にしている。

 そんなこんなで、遠くの方に見えるカウンターをちらっと見ると最初に列に並んだ家族の振替チケットに少々手間取っているように見える。ファーストファミリーが10分経ってもそのカウンターから離れる様子はない。

えっ??一人目ですやん。アロットオブファミリーズがこの後にも控えてますやん。

カウンターのお姉さんはすごい形相をしていた。早朝から仕事場がこの有様なら仕方ない。どうやらいろいろなところに電話をかけているようだ。

ん??2週間に1回は大雪でトラブルになる空港のお姉さんが本気出しても全く何ともならない空気出てますやん。

先ほどまでは名残惜しかったこの街もこうなったらすぐにでも出てやりたい。ちらっと先頭を見るとどうやら次の家族の飛行機を手配しているようだ。皆さんもお気づきかと思うが、ツアー中にトラブルになった際の振替飛行機はその列に並んだ順番に割り振られる。こういったケースでは我先に空港カウンターに向かうのが正解なのだ。だとしたらさっきのガイドさんはあんなに頼もしそうな空気を出さないでほしい。何ならバトルロワイアルを促してほしかった。今思えばだが、全員分の帰りの飛行機は手配するが、それがいつになるのかは全く触れていなかった。ふっ、やるやん。こういうのって奪い合いなんじゃん。

正月早々一家離散、聞こえてきた英単語

そんなこんなでこの列にはディズニーランドのアトラクションの待ち時間(まあまあ混んでる休日)くらい並んでいる。先頭から順番に手続きをしているので、僕たちはいよいよ今日中にこの街を出られることが叶わないかもしれない。地元で開かれる新年会に行きたかったな。早く実家にいる父親にも会いたいな、元気かな。

僕たち一家の数グループ前まで来ていた。かすかにガイドさんとカウンターのお姉さんとの手続き中の英語での会話が聞こえる。耳を澄ませてみても、CDプレイヤの音が小さい英語リスニングテストでしかない。音量チェックの時になんで手を挙げなかったのだと思ってしまうほどだ。そのうえ、高校卒業まで英語の授業で何を言っているのかとうとうわからなかった僕にとってはもう音の波でしかないその会話をただずっと聞いていた。唯一僕がはっきりと聞きとれたのは、その家族の手続きが終わりカウンターから離れる瞬間にお姉さんが言った「See you day after tomorrow!」だった。

「いま『デイアフタートゥモロー』って聞こえたぜ!?」と周りの人たちは確実にざわついている。その場で検索したので意味は間違っていない。「明後日までじゃあね!」と言ったのだ。僕たち一家は今日中にはもちろん、明日はおろか明後日までこの街から出られないというのか。なんと幸先の良い一年だろうか。

ついに我々のターンが来た。お姉さんも慣れた手つきで新しい日程表を渡してくれる。確実に最初の人よりもスムーズに手配が終わる。このお姉さんも闘いの中で確実に成長していっているのだ。ジャンプの主人公みたいで応援したくなる。

渡された日程表は僕と、弟と母のもので違うものだった。どうやらこのツアーに3人で申し込んだわけではなく、僕だけ別に登録されていたのでそれぞれが最も早く日本に着けるルートを選んだらしい。僕は一人で日本へ帰ることになった。僕だけ空港に残ってこのまま今日の午後の便に乗ってカルガリーという場所に行き、さらにバンクーバーへ向かい一泊するという予定だ。次の日の早朝に日本行きの便に搭乗する。弟と母親の日程表には明後日の便が記されていた。これが3人で帰ろうとしたら、この街を出るのが一週間後になるかもしれないと言われたのでしぶしぶ別々の帰宅となった。はい、言葉も通じぬ見知らぬ土地で正月早々一家離散。

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