半年ぶりに実家に帰った。高校時代の同級生で集まる忘年会に参加するのが主な目的だったが、ついでに家でゆっくりしようと思い帰省した。私の地元は山口県の割と田舎寄りの街だ。4択アンケートの記入を求められたら「どちらかと言えば田舎」にチェックを入れるくらいの田舎レベルだと思っていただきたい。田舎要素はあるが近所にはスターバックスもあり田舎とは言い切れない部分もある絶妙なラインである。
しかしそんな私の地元にも誇るべき田舎要素がある。それは廃線ぎりぎりの鉄道が走っているということだ。何がぎりぎりかというと、その路線ではいまだ国鉄時代に作られた車両が現役バリバリで働いている。電車のこの使用年数は人間に換算すると何歳になるのだろう。いくつになっても働き続ける少子高齢化社会の日本のお年寄り方を見ている気持ちになってしまう。私は高校生時代にこの路線を使って登校していたが、まあまあの確率で鉄道ファンを見かけた。彼らは、鉄道博物館で見た古の遺産が目の前で実際に動いていることを見られることが奇跡なのだという。ファンが皆熱心にファインダー越しに黄色のボディを覗いていた隣で私は黄色の英単語帳に手垢を付けていた。登下校真面目ボーイ。
ぎりぎり要素は車両だけではない。車両もぎりぎりで走らせているうえに運行ダイヤもぎりぎりである。最終電車が19時半なのだ。飲み会で言えば、1次会も最後まで参加できる気がしない。つまり山口県の「終電逃しちゃった♡」は「そろそろ夕飯時ですね。」の意味になる。どうせみんなタクシーを使うことになるから終電を逃すことに対してどこの地域の人よりも抵抗がないのが事実だ。もっと言うと、終電が早いことだけが困ったポイントではない。高校生時代に感じた一番のあちゃ~ポイントが、9時半の電車を逃したら次は13時まで電車が来ないということだ。NHK朝ドラ再放送の間隔だ。これはベストオブギリギリ運行ダイヤの称号を与えたい。
そんなぎりぎり路線は無人駅しか存在しない。お察しの通り自動改札もなければSuicaなどの交通系ICも使用できない。皆さんはそんな駅の駅舎をしっかり想像できるだろうか。壁が半分無い掘っ立て小屋を想像していただけると一番近い。ただのコンクリートに囲まれた空間に乱雑にベンチが3つ置かれている。それが私の実家の最寄り駅だ。建物がそのようなオーラを出しているので当然治安もあまりよくない。駅や電車内ではいくつも落書きが目に入る。しかしその落書きで少しきゅんとしたことがある。
先日もその路線に乗っていた。すると車両の窓際に、
「おくだたみおだいすきです」だと!?あのおじさんを!?Snow Manとかじゃなくていいの!?と思ったが、この車両は何十年も前からここにいる。奥田民生は「さすらい」「イージュー☆ライダー」など私を旅に駆り立てた楽曲をたくさん歌っている。いろいろな人の思いを乗せて国鉄時代から活躍しているこの乗り物は当時の勢いのあったアーティストを応援する人と、現代に生きる渋めの曲を好むバックパッカーとを結んでくれた。勝手に何かを書くことはいいことではないが、それを見つけた日はいつもの電車とは少し違った車内に見えた。
落書きという手段で何かを伝えるというムーブメントは今とても注目されているのかもしれない。ストリートアートが世の中から受け入れられつつある要因にあるのはやはり覆面アーティストバンクシーの活躍だ。突如現れる彼の作品はしばし現代社会への匿名のメッセージを含んでいる。あるときは資本主義に警鐘を鳴らし、ある時は戦争に反対、コロナ禍では医療従事者への感謝をスプレー作品にした。バンクシーの作品はたとえそれが東京の路地裏で見つかったものであっても世界中から注目されるほどだ。
しかし今日見つけた落書きは明らかに今まで見たことのないタイプのものだった。
インスタのアカウントをそこに書かないでほしい。
ほっこりもしなければ、匿名性のかけらもない落書きだ。少し前までは治安が悪い場所の落書きと言えば「りょう参上」のように名前を刻むタイプがベーシックだった。しかしそれはどこのりょうをとっ捕まえて、You落書きしたね?!と言えばいいのかがはっきりしなかった。しかし今回のものはどうだろうか。身元モロバレだ。落書きによって得られる承認欲求のほぼ最大値を享受できるのだろうか?というかこのアカウントにDMとかできるのだろうか?もしかして詐欺とかフィッシングとか?何ターン化した後に数百万円だまし取られた挙句、「駅で拾ったアカウントをフォローするのがいけないんだ!」と世の中から火の粉を浴びせられるのだろうか?
興味がわいてきた。ベンチには二人分のアカウントがあったので二人とも調べてみた。そのアカウントを検索してみると一人は13歳、もう一人は15歳の中学生ギャルだった。ぎりぎり路線日常使いJC限界ギャル。そのアカウントのアイコンは令和の技術で盛りに盛ったギャルのワンショット。この間近所の本屋さんである雑誌を見て「今のギャルって中学生でもこんな感じなの!?やばっ!いかつ!」と思ったそのままの武装でこちらに笑みを浮かべていた。彼女が出てきた瞬間に私は愛すべき地元との思い出と未来とが少し遠のいていく気持ちになった。
完全に興味本位でその二人をフォローするとギャル(15)からすぐにフォローが返ってきた。
あちら側からしたら確かに私の方こそ誰だという話だ。いくらむこう側がかってにアカウント名をばら撒いているとはいえ、ここはしっかり説明しておく方が礼儀というものだ。
すぐにいいね♡された。今思えば、私が送ったあのちらっとした顔文字は何なのだろうか。気持ち悪い。
ほら戸惑っている。ここで一番聞きたかったことを聞いてみようと思った。
素朴な疑問ですよ!本当にちょっと気になっただけですよ!という姿勢を見せる謙虚さが中学生相手にも出る私素敵。
ノリだった。落書きで個人情報を載せた動機がノリだった。愛すべき地元の未来はいずこ、、、。
結論:ノリ。
ちなみにその後にコメントを送ったらギャルにウケたので小さめなガッツポーズをしておこうと思う。
皆さんは何か書きたいモチーフや伝えたいメッセージが浮かんだ際はぜひキャンバスの上に!